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物語を読むだけで終わらせない「視点」をつくる『物語のカギ』

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この本は「とにかく読んで。一生が楽しくなるから」と言いたい本。全力でおすすめです。私は何かを鑑賞しても「あー、面白かった」以外の言葉が出てこない人間でした。何を読んでも、観てもそれで終わり。物語世界の風景、音、温度、質感はイメージしていても、物語が表している深いものや考えまでは拾うことができず、「面白かった」だけで済ませているのは、なんだか歯がゆいと思っていたのでした。

じゃあどうしたらいいか、というと何をすればいいのかまったくわからなかった。要するにやり方がわからなかったのだと思います。自分の本業だとレビューする言葉は出てくるんですよ。それは、自分の中でレビューをするためのモノサシをもっているからです。

そんな頭が固くて言葉を多く持たない私が、SNSで金曜ロードショーを観ながら『ハウルの動く城』実況感想をやったり、ドラクエ6の考察を書いたりすることができるようになったのは、この本のおかげです。

感想をまとまった形にして出力するのには出力用筋肉が必要なんじゃないかと思っています。鍛えられてないと「腰が重い」が発生するのですが、本書を読むと「あれ? コレってもしやこういうことじゃ??」などという気づきが溢れ出てきて止まらなくなるので、そうなると書かざるをえないので、出力筋肉も勝手につく。みたいなことが起きる。(本書を読んだ後は、すぐにメモれる環境を整えておくことをオススメします)

まえがきは、文章を読んで感じたことは「全部正解です。」(p.003) と、はじまります。ここで多くの感想コンプレックス(?)を感じている人は「なんだ、これなら感想持ててるよ」と安心できるのではないでしょうか。私としては、この肯定が絶対大事だと思います。読んでいる間というのは必ずその人が感じた素朴なことばがある。しかし、素朴な言葉にあれこれ飾り付けないと外に出すのはちょっとな……みたいな抵抗がある。でも、考察や感想は素朴な言葉から始まる。全てはココがスタートライン。それが示されているのが素晴らしい。こういうことはなかなか誰言わない。この本、大好きだな!! と思いました。まだ3ページ目です。

その素朴な言葉から出発し、物語をもっと味わうための「カギ」を提示してくれるのが本書。下記の5章の間に“「読む」のが10倍楽しくなる38のヒント”が示されます。

38のヒントは、著者が研究しコツコツ集めた「物語を読むカギ」です。それらは、物語を読むときの「視点」の操作法。物語から解釈や感想を引き出すためのツール郡です。

一度本書を読むと「なるほど、こういう風に作品を捉える見方があったのか」ということが体験できると思います。というのも、著者が具体的な作品を取り出してそこにカギを適用し解釈を引き出す実例を見ることができるから。著者のこのお手本がそれだけで作品になる素晴らしいものだったりするので、本書は鑑賞の要素も含んでいる。

鑑賞体験と技能の論理的理解を経た後、自分で作品をしっかり見てみると「おや? これはあの本で見たメタファーというやつでは?」とか「心物対応構造かもしれない!! ということは……(解釈が捗る)」などといったことが起こり始めるのです。じわじわと。

自分の中から湧き出てくる「この表現はこういうことかもしれない」「ああ、このシーンはこういう説明なのか……なんて悲しい」などなど、それまで自分の頭の中に映像を組み立てるだけで終わっていたものが、今まで以上に物語の解像度が高くなり、より表情豊かになっていく。そして別の作品のモチーフとつながったりなんてことが起こると、もう読むこと・観ることをやめられない。

好きだったところ

自分なりに要約する

本書で好きだったワークは、第一章の「02 多義性から「物語文」を作れ!」の「自分なりに要約してみよう!」でした。

ここで重要なのが「自分なりに」という点です。とかく我々は、要約やあらすじと言えば、絶対的な正解があって、そこに創造的な要素を認めることはないでしょう。しかし、あらすじというのは、その物語をきちんと読んだ人でないと産出することができないのです。(p.068)

わたくし、ココで「外に出してもいい提出できる正解は一つしかない」と無意識に思っていることに気づいたんですよねえ。しかし、読みやどの対象に注目するかによって、物語文は変わります。そして、

自分の解釈の数だけ物語文は作れます。誰を主語(中心)にするか、どの行動に着目するか、どの変化を軸にするか。こういう頭の使い方をすることで、多義性を受容する力が身に着きます。それが物語を多層的に深く読むことに繋がるのです。(p.069)

切り口が無尽蔵に増えるこのワーク、面白いと思いませんか?

「信頼できない語り手」

個人的に大好きな技法は、第一章の「08 語り手を信頼するなーー信頼できない語り手」です。物語の語りで「信頼できない」ってワクワクするんですよね。ご存知であれば「ファイナル・ファンタジーⅦ」を思い出してみてください。初めてプレイしたとき、クラウドの自分語りで「??」となりませんでしたか? あれが「信頼できない語り手」です。(物語られているものを正直に受け取っていた子供の頃の自分は「???」でした)

読むことは感じ方の帯域幅を広げる

ある講座に参加したとき、自分のなかにある性質はゴロッとひとつだけ。と思っている人が多くてびっくりした記憶があります。

色んな要素が複雑に絡み合って「その人」を形成しているとは思わないらしく、今表出していて知覚できるものだけが自分だと思っている。矛盾している場合は、矛盾していて都合の悪い方を切り捨てているようで、なるほどな、と思いました。

「楽しい」や「悲しい」を一言で表したとしても、その言葉がはらむ度合いというか、ニュアンスの違い、濃淡があるはずです。文学が「悲しい」などの表現をストレートにしない理由を著者は下記のように述べます。

当人ですらわからない感情を、他者は様々な手掛かりをもとに考え、想像する。その人の人となりや直前の行動、普段との違い、口では「悲しい」と言っているけれど、本当はどうなんだろうかというところまで想像を重ねる。

それでやっと少しわかるかわからないか、それほどに人間の感情は複雑なのです。

可能な限り得られる手掛かりを頼りに、なんとか理解しようとしてみましょう。作家も安直に答えを言い切れないからこそ、多層的に人物の気持ちに寄り添い、絵の具を塗り重ねるように様々な断片を提示しているのです。(p.138)

こうして能動的に理解しようとする試行回数を重ねるごとに、感じること・想像することの帯域幅が広がるのではないかと思った次第。

むすび

私のとって物語を読むときというのは、旅行に行くみたいな現実からの逃走。みたいなところがあります。そして、現実に帰ってきたとき、そのおもしろ体験を人に伝えたいとも思います。ずっとそのおもしろ体験をどの切り口で伝えていいかわからず、悩ましい限りでしたが、最近はだいぶ伝えられるようになったと思っております。なので、めっちゃスッキリしている。

大好きな物語を、もっと楽しんで読めるようになりたい。そう願う物語を愛する人はもちろん、物語は苦手なんだよなという人も、本書を読むと物語を読むときのコツがわかったり納得感があると思います。ありとあらゆる人に、ぜひ読んでほしい一冊です。

書籍リンク

物語のカギ 「読む」が10倍楽しくなる38のヒント - 渡辺 祐真/スケザネ(著/文 他)